Fahrenheit -華氏-

■New form(新種)


―――

俺が柏木さんに秘めた想いを隠しつつも、日々はまたも淡々と過ぎ、暦の上では秋になった9月のある日の朝。



「神流部長。ちょっとすみません」


人事部長が一人の女を従えて、俺の元へ来た。


忙しなくキーボードを打っていた俺は、手を休めてちょっと顔を上げた。


「今日からそちらで一ヶ月程、研修という名目で横浜支社の女の子を面倒見てほしいのですが」


へ?


研修?そんなこと聞いてねぇぞ。


柏木さんと佐々木を見ても、二人とも同じようなことを思っているのか、揃って首を横に振った。


「初めましてぇ。緑川 葉月(ミドリカワ ハヅキ)でぇす。横浜支社では庶務課で働いていましたぁ」


甘ったるい声を上げて、人事部長の後ろからひょこっと顔を出したのは


OLにしちゃ派手なかっこうの若い女だった。


明るく染め上げた長い髪は巻いてあって、ナチュラルメイクに見える化粧は実は手の込んだ厚化粧っぽい。


ついでに言うと香水の匂いもキツイ。


ん?でも、この女どっかで会ったような……


「えーと……」


事態が掴めなくて困惑している俺に、人事部長が申し訳なさそうに手を合わせて耳打ちしてくる。


「彼女は緑川副社長の娘さんなんですよ。どういうわけか、副社長がこちらで勉強させたいと強くおっしゃられましてね」


緑川副社長……


あぁ。桐島の結婚式に参加してた、俺は副社長の話なんてまともに聞いてなかったからよく覚えてないけど、そう言えば娘を紹介してたな。


俺は緑川の娘をちょっと見ると、彼女はにこにこと笑顔を返してきた。


その似非臭い笑顔が、緑川副社長の作り笑いに良く似ていた。


間違いなく親子だな。




『聞けば桐島くんは君の同期と伺ったんですが。次は君の番ですなぁ』




副社長の言葉がふっと甦る。



ははぁ…そういうことか…







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