Fahrenheit -華氏-
「あ。おはようございます」
パソコンを操っていた柏木さんは俺に気付くと顔を上げた。
「柏木さん……どうしたの?今日休みだよ?」
「部長こそ。私は今朝方オハイオの医療メーカーから問い合わせの電話がありまして、ここに来た次第です」
「あ、俺も……。大津食品産業から電話があって」
「そうですか。ご苦労様です」
いつもと変わらない低いテンション。
顔色も変えず、昨日あんなに飲んだって言うのに一滴の疲れをも感じさせない完璧な徹底ぶりだ。
化粧も、髪形も、服装までぬかりない。
俺は二日酔いで頭がズキズキするってのに、どうなってるんだよ。柏木さんの体はっ。
机の上で書類をトントンとまとめると、
「昨日と同じスーツ……元気ですね」と柏木さんは眉一つ動かさずにさらりと言った。
「は、ははっ……」俺は苦笑いをして頭をかいた。
元気……見抜かれてる。
でも柏木さんは一向に気にしてない様子で、というか無関心?
再びパソコンに向かった。
パーテーションから頭を覗かせて他の部署を窺ったが、出社してるのは外資物流だけ。
つまり柏木さんと二人きりってわけだ。