【短編】10年越しのバレンタイン
急にそんな気分になった私は、あの箱を手に取った。
リボンを解き、フタを開けるとブラウニーを口に放り込む。
チョコの香りが広がった。
「それ、好きな人にあげるわけじゃなかったんだ?」
声がして、隣を見ると男性が私の方を見ていた。
「そうですね。そのつもりだったんですけど、もう止めようと思って」
「止めちゃうの?」
「はい。多分、もう会えないと思うので」
言葉にすると、急激に寂しさが襲ってきた。
そっか、会えないんだ。
なんて自分の心の中で返事をする。
「ねぇ、良かったら一つもらっても?」
「え?」
男性の言葉に、私は一瞬箱を落としそうになった。
「なんて、ダメだよね」
ふっ…と、笑った笑顔が過去のおぼろげな記憶と重なる。
「おに…い、さん?」