狂犬病予防業務日誌
「そりゃない」
 老人は早口で否定した。

「そ、そうですか」
 老人が断言した言葉を半信半疑で受け止めた。

「いつ処分するんだ?」
 本日二度聞かれることになってしまった質問。もう飽き飽きする。

 元飼い主は同じことを訊く。往生際が悪い。覚悟を決めて犬や猫を保健所に連れてきたんじゃないのか?面倒見ることを諦めた元飼い主にいつ処分するかなんて質問はナンセンスだ。

「担当者がいませんので明日になると思います」
 淡々とした冷たい言い方をして自らの感情を冷ました。

「あんたがしてくれないのか?」
「私は臨時職員なので規則でできないことになってます」

「そこをなんとか」
 老人が頭を下げて懇願する。

「保健所としてはどうすることもできません」

 電話でしつこく迫られたときに出向いて犬や猫を引き取りにいくことができないので保健所としてはどうすることもできませんと突き放す言葉をよく使う。

 飼っている犬が凶暴で捕まえにきてほしいとか、マンションやアパートに引っ越すので飼えなくなったから引き取りにきてほしいとか理不尽な相談を持ちかけられたときはきっぱり断るしかないのだ。

 
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