狂犬病予防業務日誌
「この段ボールに入っているのがお話の犬なんですか?」
 黙っているとまだまだ鉄球が増えそうだった。胃の重たいものを排除するために思いついた質問を頭の中で整理しないでぶつけると、老人は当然だろうとでも言いたげに険しい顔でおれを見る。

段ボールに入っている犬を不要犬と完全に確認したわけではないが、これ以上老人からくだらない話を聞かされ暗い気持ちにさせられることはない。

「あっ、もういいですよ。どうぞお引取りください」
 手続きを打ち切った。

 聞かなければいけないことがあるのだが、今回は省いた。薬殺した後の遺体を持ち帰り民間のペット霊園などで手厚く葬るか、保健所に遺体の処理を任せてもらえるのか選択してもらうことになっている。老人は犬を厄介払いしたいのだからペット霊園に持っていくことは考えにくい。

「おい、見ろ!」
 老人が後退りをはじめた。

 段ボール箱を食い千切り、前肢で引き裂き、大きな穴をこしらえるとそこへ頭をねじ込み、頭を振りながら穴を広げて突き破る。段ボールの破片をくわえたままひどく痩せ細った犬が頭を上げた。

 毛は白に近い薄茶、目が小さく鼻がピンク色。シンプルな容姿に滑稽ともいえる派手な色が顔の中心に配置されている。神々の悪戯によりデザインされたブサイクな犬。くたびれた革製の首輪をしてロシア語らしき文字が刻まれていた。

 

 
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