チェリー
初恋
ガチャという玄関の開く音に、私は急いでリビングを飛び出た。
「謙太郎ちゃん」
「あ?」
「機嫌悪い?」
「俺が仕事終わりいっつもこんなんなん知ってるやろ」
「うん」
「笑ってんなよ」
謙太郎ちゃんにギューッと抱きしめられる。
この瞬間が大好き。
絶対に本気の弱さを他人に見せない謙太郎ちゃんが一瞬だけ弱さを見せてくれる瞬間だったから。
「謙太郎ちゃん、おかえり」
「…ただいま」
謙太郎ちゃんの香水が私に少し移る。
私からもほんのりと香る匂いが大好き。
「あ、今日ね…これ!!煮物作って来たんやけど」
「詩織、ごめんな?今日…」
「あ、彼女さん?」
「おん」
でも、謙太郎ちゃんには彼女さんがいて、私は謙太郎ちゃんの妹のような存在。
「じゃ、帰らないとやね」
「どうやって帰るねん?」
「電車」
「アホか。今夜やで、危ないやろ?タクシー呼ぶから待っとれ」
「タクシーで帰るお金なんてないもん」
「アホか。俺が出すわ。煮物も置いてけ」
謙太郎ちゃんは私の幼なじみのお兄ちゃん。
そしていつしか日本のトップアイドルになっていた。