僕の愛した生徒


そして

いつもよりも早い放課後がくる。

僕は陸上部の生徒と走りながら、トラックの中の奈菜を探す。


見つけた奈菜は体育座りをして、メガホンを片手に選手達に声をかけていた。


僕は走るのを止めて、奈菜の傍に行き、陸上部の生徒達に向かって声を出す。


『あと2秒〜』


奈菜はその声に驚くように振り返る。

陸上部の生徒はその声にペースを上げる。


「先生、いたんだ」

「一緒に走ってたんだけど気づかなかった?」

「それは知っていたけど、ここに来た事には気づかなかった」


奈菜はトラックの中だけを見つめ
僕はトラックの外だけを見つめながら、背中合わせに話をする。


「やっぱり、この歳で一緒に走るのはキツいな」


僕は手を腰に当て大きく息を吐く。


「先生も大変だね。おじさんなのにね」


奈菜はイタズラっぽく言った。


「藤岡、よく言ったな。
後からどうなるか覚えておけよ」

「忘れる」


『斎藤〜、遅れてきてるぞ』


僕は陸上部の生徒に声をかける。


「ねぇ先生、あと2秒って、何で2秒なの?」

「何となく適当。意味なんか無いけど、ストップウォッチを見ながら言うとそれっぽく聞こえるだろ?」


『田中先輩、ボールをきちんと追いかけて下さ〜い』


奈菜はメガホンで叫んだ後で、
“適当なんだ”とクスクス笑った。


「藤岡、部活が終わったらメールして?」

「了解です」

「じゃあ、もうひとっ走りしてくる」

「うん。頑張ってね」


僕は奈菜の言葉を聞き、トラックを走る生徒達の中に戻って一緒に走った。
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