ありのまま、愛すること。
今、私の目の前に、ゴミ山の少女、リー・マンの写真があります。以前とは似ても似つかない、底抜けの笑顔を見せています。

その幸せそうな笑顔を見て、「神様からのご褒美」だと思えてきました。

「夢追う子どもたちの家」に関わると、させていただいていること以上に神様がご褒美をくれるのだと、気づかされるのです。

なにがなんでも目の前の砂だけは濡らし続けようと、思いを新たにするのです。

砂を濡らしつづけようと腹を括ると、いままで濡れていないことを当たり前だと思っていた、乾いた砂が気にかかるようになります。

世界中の、貧困に苦しむ子どもたち。飢えに苦しむ子どもたち。

病気に苦しむ子どもたち。

力のない自分には、してあげることなど、なにもないけれど、彼らを思うとき、「祈る」ことだけが、私の手の中に残ると感じるのです。

大学時代から真似事のボランティアに関わってきた私でしたが、このときから、「自分を守っていては、それなりのことしか学べない」と、自分を振り返るようになりました。

「本気になると、見えてくるもの、感じるものがあります」

「目の前の砂を濡らすことから、決して逃げてはいけません」

私は今日も、目の前の砂を、ただ濡らし、そしてただ、祈るばかりなのです。


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