午睡は香を纏いて
手で示されたのは、薄汚れた黒いカーテン。
多分ケイルの煙で燻されたのだろう、裾に施された白いレースが黄ばんでいた。

え、個室? こんなところに?

酒場の隅で揺れるカーテンから、自分が来た場所へ視線を戻した。
酒で盛り上がっている客たちは、こちらを認識もしていないんじゃないだろうか。
ここに何も存在しないかのように、誰の視線も向けられていない。


「い、いいんですか?」


おずおずとシルさんに訊くと、頷きを返された。
何だか不安になってきた。


「お入りなさい」


カーテンの前で足踏みしていると、鈴を鳴らすような綺麗な声がした。


「へ? へ?」

「お入りなさいな」


再び、耳さわりのいいソプラノがカーテンの向こうから聞こえた。
その声音は何故だか抗うことができなくて、気付けばふらりとカーテンをくぐってしまっていた。


「はじめまして、かしらね」


長テーブルの上に、三又の燭台が二つ。小さなろうそくの光が柔らかく揺れて、さほど広くない空間を明るく照らしていた。
正面には、黒のフードを深く被った人が一人、座していた。
先ほどの声から察するに女性なのだろうが、体型を隠した、同じく黒のローブのせいで詳しいことは判断できない。

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