大吉男と大凶女
「それじゃ俺降りなきゃいけないので……」

お婆ちゃんの側から離れようとした。すると

「こりゃ、待ちな」

と呼び止められた。信用されてないのか、と一瞬思ったが、どうやら違うらしく

「ほら、受けとりな」

と俺の右手を老人らしからぬ力で引っ張ると、手の平に五百円玉を置いた。

「えっ?」
「いいかいっ!!次はちゃんと善意で行動するんだよ!!善意で!!」
「え、いや、あの」
「ほら、早く行っちまいな!!」

俺が手の平に握らされた五百円を持ちながら躊躇っているその時だった。

「降りよ」

そう小さな声がして何者かに左手を引っ張られた。

「えっ!?」

俺は驚いてその何者かを見るが、引っ張られるがままに電車を降りてしまった。

俺が降りた瞬間にプシューと音を立てて電車のドアが閉まった。

「もぅ、降り過ごしたらどうするつもりだったの?」

俺の腕を引っ張った何者かが言った。行ってしまった電車から視線をそちらに向けた。

「恭子?」
「うん?」

俺の腕を引っ張ったのは響子だった。しかも私服。なんか新鮮だった。

「もしかして気付かなかった?」
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