黒き藥師と久遠の花【完】
 あの時点で、みなもを今のように扱うことはできたのだ。
 それをしなかったのは――。

 ――自分と遊んでいた、幼い頃のみなもが脳裏に浮かんだから。
 当時は確かに向けられていた彼女の好意が、奥深くに封じてしまった昔の自分を起こしたから。
 
(思い出にほだされるなんてオレらしくもねぇ。そのせいで、いずみに怖い思いをさせる羽目になったんだ。……自分の甘さに反吐が出るぜ)

 みなも以上に、いずみは特別な存在だ。
 恋焦がれる女性でもあり、命の恩人でもあり、共に支え合って生きてきた同志でもある。そして――。

 ふと、延々と抑え続けていた感情が胸を突き刺し、頭へ痛みを走らせる。
 ナウムは唇を噛み、片手で額を覆った。

(本当はオレみたいな罪だらけの人間が、いずみを想い続けることも、みなもを手元に置くことも、許される訳がねぇんだ)

 痛みの原因は分かっている。
 一対のみになってしまった『久遠の花』と『守り葉』への罪悪感。

 もし自分がこの世に生まれて来なければ、二人は何も失うことはなかった。

 今まではいずみにだけ、負い目を感じていた。
 しかし、みなもが生きていると分かった時から、その負い目は倍になった。

 このまま自分を消してしまいたいと、どれだけ願ったことか。
 そのくせ、いずみの側に居続けたい、みなもを自分のものにしたいと強く望んでしまう。


 罪深さと欲深さが激しく交じり合う。
 己の中は、狂気じみた悦びに満ち溢れていた。


(ありがとうなあ、みなも。オレが狂う前に現れてくれて)

 できれば心も欲しかったが、もう欲張りはしない。
 その体さえあれば、荒ぶる想いをすべてぶつけることができるのだから。
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