黒き藥師と久遠の花【完】
 剣を弾き返し、こちらの攻撃も弾かれ続けていくと――。
 ――ナウムが一瞬、顔をしかめ、足元をふらつかせた。

(今だ!)

 レオニードはこの隙を見逃しはしなかった。
 大きな一歩を踏み込み、ナウムの腹部に狙いを定める。

 鋭く剣を突き出そうとした時。

 ナウムの目が不敵に笑った。

 こちらの動きを見透かしたように、ナウムは下から上へ剣を振り上げる。

 ギィィンッ!
 予想外に強い力が剣を伝い、すさまじい衝撃がレオニードの手を襲う。
 思わず指が緩んでしまい、剣が大きな弧を描いて弾き飛んだ。
 
 レオニードは驚いて目を見張り、息を止める。
 その顔をしっかり目に留めると、ナウムは口元を大きく歪ませた。

 ヒュッ!
 間髪入れずに、ナウムがこちらの首をめがけて勢いよく剣で突いてきた。

 ここで殺される訳にはいかない。

 レオニードは膝を曲げて素早く頭を下げる。
 髪に刃はかすったが、かろうじて避けることができた。

 とにかく距離を取らなければ。
 レオニードは強く床を蹴り、ナウムの胸部へ体当たりを食らわす。

 鈍い音と「グッ……」という詰まった声が同時に聞こえる。
 ナウムの体が大きく後退した。

 咄嗟に剣を拾おうと、レオニードは横へ跳ぼうとする。が、

「諦めが悪いな。しつこいヤツは女に嫌われるぞ」

 軽口をたたきながら、ナウムがこちらへ斬り込んでくる。

 後退することしかできない自分が不甲斐なくて、レオニードは下唇を噛む。

(素手で勝てる相手じゃない。今使える武器は――)

 考えている最中に体が勝手に動き、気がつけば懐から黒鞘に入った細身の短剣――みなもから渡された、猛毒の短剣を手にしていた。

 少しでも体をかすれば、致命傷を与えられる。
 しかし得物の長さも強度も、ナウムの剣のほうが上。
 まともに刃を交えても、弾き飛ばされるのは目に見えていた。
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