クローゼットチャイルド
「そこはひどく温度もなくて、薄暗い場所。うまく見えないけれど、右の手に触れたのは割れた鏡。君の片目は真っ赤に充血していた。」
「それは部屋か?」
一度中断された…
「…質問は受け付けません。イメージだけ。」
「あっそ。」
彼は不思議と片目だけを開けていた。そして、一口だけミルクティーを口に含ませて口を潤すと、その眼を再び閉じた。
そして、香の煙に抑揚のない声で話を続ける。
「その片目はひどく真っ赤に充血していて、何も映していない様子。…鏡を通り過ぎて足元を見ると黒い水面がある。何も映さない。」
ゆっくり唾を飲み込む音が静寂の中で響いた。彼は緊張している。
「何も考えず、膝をついて貴方はその水面に手を付く。温度はない。硬くもやわらかくもない不思議な感触の中に水底は感じられない。更に手を浸していくと確かにその指先に何かが纏わりつく。静かに、それを確認するように意志を持つようなそれ。手首まで浸かっていくと、水の中という感触も薄らいでいて、温度のないそれが確かに両の手を引いてくる。」
いつの間にか、香は終わり煙は空気に溶け切ってしまっている。
紫色の香に火を点けて、再び香りに満たされる空間。
彼は話の続きを促すわけでもなく、目を閉じたままゆっくりと深呼吸をしていた。
「少しずつ黒い水面に深く深くゆっくりと前のめりに飲まれていく。そして額が水面についた瞬間に、初めて水面に自分の姿が映る。君をじっと見つめる瞳。すると」
「やめろ…」
彼は額に汗を浮かべて、肩で呼吸をしながら目の前のティーカップに手を伸ばした。
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