ホワイト・メモリー
要するに、菊池はドＭなのだ。どんなに厳しい功の命令にも菊池は決して屈することはなかった。時には涙目になりながら、時には怒りをこらえながら、菊池は功についてきた。
いつだったか、功は菊池に直接聞いたことがある。「俺と一緒にいて辛くはないか」と。

「先輩の言うことは間違っていません。間違っていないのだから反論しようがありません」

ドＭの素直さにぞっとした瞬間だった。
それ以来、仕事が別々になっても菊池は功をすごく慕ってくれていた。

メールは来週の火曜日に予定されているコンペについてだった。このコンペは、功のチームの仕事ではないのだが会計のリーダーが急な用事で出席できないため、急遽、功が代わりに出席することになったのである。コンペの内容は、クライアントのＳＯＸ対応をサポートするというものだ。ＳＯＸというのは、サーベンス・オクスリーの略で、サーベンスもオクスリーもアメリカの偉い人の名前である。企業会計の不正が相次いだことを背景に、それを取り締まる法律を作り、その波が日本にも押し寄せているというわけである。クライアントの三ツ星工業は、アメリカにも上場している大企業だ。ＳＯＸ対応が最優先課題となるのは当然である。
実は、以前、功は三ツ星工業で仕事をしたことがあった。功がコンペに誘われたのは、顔見知りが同席した方が話が早いとマネージャーが判断したからだろう。
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