エルタニン伝奇
第一章
鬱蒼とした森の奥の、古い神殿に、久しぶりに灯が入った。
人の気配もするが、密かなものだ。

ここは西大陸の南に浮かぶ、小さな島国。
周りを碧い海に囲まれた、常夏の国・エルタニン。
国の大半を占める森の奥の神殿では、この日、新王の即位の儀式が行われていた。

国の北の、王宮がある町では、民が新王の即位を祝って、お祭り騒ぎで大変な賑わいだ。
が、国の南側大部分を覆う森の、さらに誰も足を踏み入れないような奥にある神殿には、そのような喧噪は、全く届かない。

神殿内にある泉で禊ぎを終えた、若干十六歳の王子は、濡れたまま、神殿の中央に跪いた。
正面に立った最高神官が、鈴のついた錫杖を打ち鳴らす。
続いて最高神官の後ろから、五人の神官が進み出、跪いたままの王子を囲むように立った。

一斉に五人の神官が、最高神官と同じような錫杖を打ち鳴らし、森の静寂を打ち破る。
最高神官が唱える言祝ぎも、鳴り響く鈴の音にかき消されて、聞こえないほどだ。

鈴の音は、王の即位の際に、五人の神官より与えられる祝福を降ろすための、れっきとした儀式の一環であり、神官らを精神的に興奮させる、薬のような役割を果たす。
この国の主神・トゥバンによる神託を降ろすために、一種のトランス状態になるわけだが、神秘的な力を秘めた鈴の音は、神官だけに影響を与えたわけではなかった。

いきなり、獣の咆吼にしては甲高い、だが明らかに人の叫び声ではない音が、神殿内に響き渡った。
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