道摩の娘
「方術も体術も認めるが、万一庭を壊したならお前たちが責任を持って修理しろ」

 陰陽寮…正確には、陰陽寮を包含する中務省の中庭に、保憲の声が響き渡っていた。

 周囲には早くも野次馬が集まり始めている。

「陰陽寮の術比べだとよ」

「おい、あれ、あの安倍晴明じゃないか」

「あっちにいる坊主は見ない顔だな」

 …などと、勝手なざわつきが聞こえてくる。


 りいは泣きたくなった。

 りいの「表に出ろ」発言をいたく気に入ったらしい保憲は、二人を中庭に引きずり出して術比べを宣言したのだ。

(…なんでこんなことに)

 淡々と注意を述べる保憲を恨みがましく見つめるが、まったく効果はない。

「ああ、刀は抜くな。危険だからな」

 いつも通りの真面目な表情で告げられた。

 りいはため息をついて、鞘に入ったままの刀を構えた。

 何より救いようがないのは、この状況が自分の発言のせいで作られたということである。


 ふと目をやると、向こうでは、晴明もまた腑に落ちない表情で立っていた。

 目が合う。

 だが、次の瞬間、逸らされた。

 苛立った。

 先程から、晴明のりいを避けるような態度を見るたびに、ひどく苛立つ。

 その理由は自分でもわからないが…

(…とりあえず、殴る)

 女子(おなご)としてそれはどうか、という決意を固めて、身構える。


 保憲がよく通る声で、仕合の開始を告げた。


 途端に、りいは強く地を蹴った。

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