道摩の娘
「だってそれは、お前っ…」

「…晴明。心配してくれた友人に対してそういう態度をとるな」

 りいが食ってかかろうとしたところで、思わぬところから援護が入った。

「保憲様?」

 夜闇に紛れて姿を現した青年陰陽師は馴染み深い人であった。

「兄さん、この子は…」

 だが保憲は晴明の文句をあっさり流す。

「…取り逃がしたか」

「…ええ、まあ」

 晴明は面白くなさそうに頷く。

「…あの、他の陰陽寮の方は?」

 そこで、りいが遠慮がちに口を挟んだ。

 りいでも感じるほどの妖気である。

 この人数しか集まっていないのはおかしい。

「…ああ、晴明が動いたのでな。他の陰陽師たちは警備を続けている。…私はたまたま非番でな」

(晴明が動いたので…?晴明の力はそこまで頼りにされているのか)

 改めて感心するりい。

 保憲は小さく苦笑して、

「…まあ、油断したようだがな」

 ごく軽く、晴明の足を叩いた。

「うぐっ」

 途端にうずくまる晴明。

「晴明っ!?」

 りいは悲鳴をあげる。

「保憲様、なんということを…」

「いや、このくらい…すぐ、治りますからっ」

 晴明は強がる。珍しい眺めではある。

 その隣でりいは当人よりも真っ青である。

「…まあ、とにかく。今日明日くらいは家に帰って休め。陰陽頭には伝えておくから。…悪いが、晴明を頼む」

 最後の一言をりいに向けて、保憲は踵を返した。


「…だ、大丈夫か、晴明、立てるか?」

 おろおろと問いかけるりいに晴明は笑顔を見せようとして…その表情が固まった。

「…やられた…」

 憮然と呟く。

「やられた?おい、どうした」

「保憲兄さんに、痛み止めっていうか…感覚を麻痺させる術をかけられた」

「なるほど、優しい方だな」

「あのね…、いや、そうなんだけど、つまり…立てない」

 晴明は顔をしかめた。

「なんだ、なら肩を貸してやろう」

 ようやく役に立てそうなことを見つけてりいは破顔する。

 実に不満そうな晴明を引きずって、りいは安倍邸を目指した。
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