道摩の娘
「ここよ。…詮子!わらわよ、入るわよ」

 超子はある部屋の前で立ち止まり、御簾をあげた。

 明らかに貴人の私室である。入ってよいものか迷うりいに、超子が視線で早くしろと促した。

「父様に見つかるとまずいのよ。早く。あと、静かにね」


 あわてて中に入ったりいが見たのは、幼い少女だった。

 まだ五つほどだろう、髪も子供らしく尼そぎにして、小さな体を見るからに質のいい衣装に包んでいる。

 女房が何人か付き添っていたが、超子が命じると即座に退出していった。

「このかたは、もしかして…」

「そう、わらわの妹の詮子よ」

 陰陽寮に、守るよう任務が出ていた姫君である。

 りいは驚く。そんな貴人に引き合わされるとは…

 一方の詮子も、突然の来訪者に驚いたようで、目をぱちくりさせていた。

「おねえさま?」

「陰陽師のかたよ。頼りになるの。でも…ここにお通ししたこと、父様には内緒よ。わらわが叱られてしまうから」

「ええ、わかりました」

 詮子は、素直に頷き、りいに向きなおって、愛らしい笑みを浮かべた。

「お初にお目にかかります、詮子ですわ。…鳥さんを連れてらっしゃるの?とてもかわいいわ!」

「え…!?」

 驚いたのは、りいである。

 確かにりいは今も藤影を連れている。しかし、実体化させていない状態のままなのだ。

 常人には見える筈がない。

「あの、超子様…?失礼ながら、詮子様はもしかして」

「そうよ。わらわには見えないものが見えるみたいなの。その、鳥…?も、わらわには見えてないわ」

 つまり、詮子には見鬼の才があるということだ。

 当の詮子はきょとんとしているが、これはとんでもないことでもある。

 見鬼の才は、言うなれば諸刃の剣。修行を積めば、あやかしを操る力、あやかしと戦う力を得ることができるものの、そうでなければ、常人に比べてあやかしや呪いなどの悪しきモノの影響を受けやすいだけである。

 りいのような術師には不可欠だが、姫君…それも、呪いを受けることも多いであろう詮子のような高位貴族の姫には危うすぎる力だ。

< 92 / 149 >

この作品をシェア

pagetop