秘密



そう言って笑う先生は、ホントに嬉しそうで。


元全日本の選手だった先生がそこまで言うんだもの、佐野君がアメリカに行ってもきっと成功する筈。


世界的な選手に、きっとなれる。


私の身勝手な我が儘で佐野君を縛り付けてしまって、その可能性を潰してしまう所だった。


カケルさんが以前言ってた。


勇気を出してって。


勇気を出さなくちゃ。
佐野君を送り出してあげる勇気……


紙コップを持つ手が小さく震えてる。


人で溢れかえっているエアコンの無い海の家は、蒸し暑い筈なのに唇はカサカサに乾いてしまっていた。


喉の奥がヒリヒリする。
鼻の奥がツンとする。


泣いちゃダメ…、泣いちゃダメ…、泣いちゃダメ…


呪文のように頭の中で繰り返す。


そうだ……、私…
得意じゃない。
笑顔作るの……


今までそうやってきたんだもん。


何も考えず、笑顔の仮面を貼り付けて……



佐野君を知らなかった以前のような生活に戻るだけ。



ただ…、それだけ……



それだけ、なのに……



胸が苦しくて……



そう考えるだけで、息すら出来なくなりそうになる。



あ。



私、今気付いたよ、佐野君。



私にとって佐野君は大気。


空気。

空。

太陽。


無ければ生きていけない位の大切な存在。



だけどね?



大気は独り占め出来ないんだ。



佐野君は沢山の人達に感動を与えられる存在。



でも……


私の最後の我が儘。


せめて…、夏が終わるまでは。


私だけの佐野君でいて?


その間に佐野君が居なくなっても大丈夫なように、沢山の想い出を胸に刻み付けるから……



……夏が終わったら。



それまでは……



………お願い…



佐野君……



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