forget-me-not







***


講義を終えて廊下にでれば、待っていたといわんばかりに黒川夜が立っていた。




「――全然、わからない」


紙袋を持った右手を突き出して一言。




(…わからないって、言われてもなぁ)




『全部読んだの?』

「…当たり前でしょ」

『それでもわかんないの?』


そう訊けば黙ったまま圧力をかけて私を見つめる。

どうやら肯定の意らしい。

昨夜、恋愛がわからないなら少女漫画でも読んでください。という趣旨の元、紙袋いっぱいに貸したのだ。




『うーん、これで一発だと思ったんだけどなぁ』

「…見くびらないでほしいね」

『は?』


なんで上目線、なんだろうか。だいたい私が黒川夜に協力する理由なんて…




「人間の恋愛事情なんて腐るほど目にしてきたよ」

『っ、だったら…、』

「解らない」



(…ハァ)



溜め息をはいて目の前に居る堅物を改めて眺めた。

その瞳にはようやく、いや、なるべく見ないよう努めているけど。

なんでいつも黒いロングコートなんだろうか…。




「キャー」
「あれ、噂のあの人じゃない?」
「目が合ったら魂奪われるんでしょー?キャー」
「でも納得だよねー」



(…いいご身分で、)



そんな奇声をもろに浴びながら、表情ひとつ変えず平然を保つ男――黒川夜。




『今日、…不機嫌?』


意味はないのに訊いてみる。いつにも増してその長い睫毛が伏せ目がちで気怠げだったから。




「別に。昼間は苦手なんだ」


やっぱりヴァンパイアじゃん、なんて安直な突っ込みはしないけど。

この騒ぎ立てられよう、気にならないんだろうか。

話してる私が逆に居心地わるい。















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