forget-me-not
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講義を終えて廊下にでれば、待っていたといわんばかりに黒川夜が立っていた。
「――全然、わからない」
紙袋を持った右手を突き出して一言。
(…わからないって、言われてもなぁ)
『全部読んだの?』
「…当たり前でしょ」
『それでもわかんないの?』
そう訊けば黙ったまま圧力をかけて私を見つめる。
どうやら肯定の意らしい。
昨夜、恋愛がわからないなら少女漫画でも読んでください。という趣旨の元、紙袋いっぱいに貸したのだ。
『うーん、これで一発だと思ったんだけどなぁ』
「…見くびらないでほしいね」
『は?』
なんで上目線、なんだろうか。だいたい私が黒川夜に協力する理由なんて…
「人間の恋愛事情なんて腐るほど目にしてきたよ」
『っ、だったら…、』
「解らない」
(…ハァ)
溜め息をはいて目の前に居る堅物を改めて眺めた。
その瞳にはようやく、いや、なるべく見ないよう努めているけど。
なんでいつも黒いロングコートなんだろうか…。
「キャー」
「あれ、噂のあの人じゃない?」
「目が合ったら魂奪われるんでしょー?キャー」
「でも納得だよねー」
(…いいご身分で、)
そんな奇声をもろに浴びながら、表情ひとつ変えず平然を保つ男――黒川夜。
『今日、…不機嫌?』
意味はないのに訊いてみる。いつにも増してその長い睫毛が伏せ目がちで気怠げだったから。
「別に。昼間は苦手なんだ」
やっぱりヴァンパイアじゃん、なんて安直な突っ込みはしないけど。
この騒ぎ立てられよう、気にならないんだろうか。
話してる私が逆に居心地わるい。