forget-me-not
「待っ…」
待って、言いかけたのは黒猫にか帽子にか。
風に乱れる髪を押さえながら手を伸ばして立ち上がる。
飛ばされた方を振り返れば、ふわり、帽子が枯れ葉の上に着地するところだった。
「…あ、れ」
けれど。
(い…ない)
黒猫がいない。
後ろには開けた空間が広がり、数本の木が聳えているだけ。
親子連れやカップルがちらつくだけの、そこ。
サク、サク、サク
落ち葉を踏んで、冷たい秋の匂いと、ツンとした空気を吸い込みながら
帽子を拾おうとそれに近づいては、腰をかがめてツバに手をかけた。
チリン
もう一度した鈴音に今度はビクリ、少し寒気を感じて拾い上げる手が固まった。
また風の音がして、おもいきり息を吸い込むと、木の幹の香りがした。