とある堕天使のモノガタリⅢ
~ARCADIA~
右京は洗面所で顔を洗うと昨日買ったコンタクトレンズを使ってみた。
バタバタと廊下を走る忍は右京を見つけると「いたいた」と顔を覗かせた。
「見て、忍。」
「ん?…コンタクト!凄いわね~全然判らないよ。」
右京は以前と変わらないグリーンアイを細めて笑った。
「右京、私もう行くけど、おじいちゃんの事よろしくね!」
忍はそれだけ言うと右京の頬に軽くキスをしてまたバタバタと玄関に走って行った。
毎朝の同じ光景に右京はクスクスと笑いながら忍を見送ると道場へ向かう。
師範と軽く汗を流し、門下生が来るまでに道場の掃除を済ませる。
午前中はほとんど師範の飲み友達で、稽古に来ているのか喋りに来ているのか判らない状態だ。
右京は大半を師範に任せて、最近入った門下生…と言ってもかなり高齢者なのだが…に基礎を丁寧に指導する。
右京が「この道場の“師範代”だ」と挨拶をすると怪訝そうな顔をしたが、丁寧に指導する様子にやっと信用してくれたみたいだった。
帰り間際、その門下の男性は20歳そこそこの右京に「ありがとうございました」と頭を下げた。
右京は少し照れ臭くて、「またお願いします」と同じ様に頭を下げてしまった。
それを右京を昔から知る師範の友人達に茶化され、早くもここから逃げ出したい衝動に駆られた。