恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
「美波ちゃん、言ったの」


噛み付くような勢いで睨むと、


「にぃにぃをとられるって。怖いって言うの、あの子のこと」


海斗はハッとした様子で立ち止まり、そのまま固まった。


「今日、言ったの、美波ちゃん。にぃにぃは美波のにぃにぃだって。泣いたんだよ、にぃにぃは居なくなったりしないって。美波の本当のにぃにぃだって。泣いたんだよ」


海斗は何かを言おうとして薄く唇を開いたけれど、結局なにも言わずに閉じてしまった。


「なんで美波ちゃんはあの子に脅えるの? なんであの子……あたしに突っかかってくんの?」


あたしが言葉を口にすればするほど、海斗の表情は次第に陰りぎこちなくなり、明らかに変化していった。


「あの子は…海斗の何を知ってるの?」


これ以上、海斗を困らせたくはないのに、ぐるぐる目の奥が回りそうなほど言葉が口から飛び出した。


「おばあも意味分かんないこと言うの。海斗はあたしと同じ傷を持ってるって。でも、教えてくれないの」


なんで。


どうして。


なぜ。


「あの子、いつもあたしのこと睨んでくるの。なんで?」


なんで。


「海斗は……海斗って」


散々質問攻めをして口をつぐんだあたしの手を、海斗がそっと掴んで来た。


海斗に掴まれた部分だけが冷たくて。


やっぱり、海斗の手はひんやりしていた。


「誰から……何を聞いたのさ」


ハッとして顔を上げると、


「何を聞いたのさ」


海斗は何かに観念したような、諦めたような、不思議な目で苦笑いしていた。


その瞳は黒蝶の羽根のように黒々と輝いて潤みがちで、でも、酷く傷ついた色をしていた。
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