恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
「陽妃。葵はさ」


と何かを言いかけた海斗から、あからさまに目を反らした。


「あのっ、あたし帰る!」


「陽妃!」


「早く美波ちゃんのとこに行ってあげたら?」


わざとらしい態度でもとらなければ、負けてしまいそうだった。


それくらい、海斗の目力は強力だった。


「早くおばあの家、行きなよ」


海斗の真っ黒な瞳に吸い込まれて、魂まで抜かれて、もう二度と現実の世界に戻れないような気がした。


「手、離して」


振りほどこうとしたあたしの手を強くたぐり寄せて、


「葵はさ、悪い子じゃない。たださ」


そう言った海斗にカッとなった。


「葵は――」


鎮火しかけていたはずの感情が、火に油を注がれたように再燃して、それは激情に変わった。


「離してって!」


掴まれた腕をありったけの力で振り下ろして、海斗の手を振りほどいた。


「あたしには関係ないし! あの子がどういう子なのかなんてどうでもいい! あの子と海斗がどうだとかこうだとか、どうでもいい! 聞く必要ないから!」


「陽妃」


「ただ! 美波ちゃんだけは傷付けないで!」


感情を吐き捨てて、あたしは海斗に背中を向けた。


聞けよ、と海斗が呼び止めたけど、あたしは振り向かなかった。


聞きたくなかったのではなくて、聞くのが怖くなった。


「海斗とあの子がどういう関係であろうと、あたしには全く関係ないことだもん!」


あたしは逃げ出すように、ズキズキ痛む右足をかばいながら歩き出した。


背中に痛いくらいの海斗の視線を感じる。


だけど、絶対に立ち止まらなかったし、振り返ろうとも思わない。
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