恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
「昨日の夜ね、海斗の同級生の葵ちゃんていう子が、突然、うちに来てね」


昨晩のことを打ち明けると、


「おそろしいねえー。“渡さねーらん”、か」


ませちょるね、と里菜が苦笑いした。


「やしが、すごいよね。中学生なんに、もう将来のこと考えちょるなんて。しっかりしはる」


「うん。なんか、面食らったっていうか」


「それで眠れねーらんたん、てわけか」


「そんなとこ」


ふう、と溜息が漏れたあたしの頭をぽんと優しく弾いて、階段を下りながら「何でかね」と里菜が呟いた。


「勝負事やないのにさ。恋やちばる(頑張る)もんやないのにさ。なんでか、みんなちばてぃ(頑張って)しまうんやっさーや」


恋って何なのかね、そう言ってうつむき加減に微笑んだ里菜の横顔を見て、一瞬、立ち止まりそうになった。


驚いた。


里菜のそういう表情を見たのは初めてだったから。


「幸せになりたくて、人や人を好きになるのにね。幸せになりゆんとは限らんしさ。恋や難しいさ」


まるで、失恋でもして傷ついたような……そんな切なげな表情だった。


「最初から最後まで順調にうまくいく恋なんかねーらん。みんな、しんどい思いしとる。やしが、なんでかみんなちばてぃしまうんやさからさ」


そう言えば、里菜の恋愛話は聞いたことがない。


でも、なんとなく。


「みんな、悩んで悩んで、切なさと戦いながら恋をしとるもんやさ」


本当になんとなくだけど。


里菜は切ない恋をしているんじゃないかと、ふと思ってしまった。


「ああ、て言っても、彼氏おらんやつに言われてもアレか。説得力ないね」


別に深い意味やねーらんよ、そう言って最後の一段をタンと軽快に下りた里菜はもう、いつもの活発な笑顔に戻っていた。


「とにかくアレさ」


階段を下りて、学食の横を通過し、右へ曲がる。


「あまり頭に上げんことさ。今日やちゃんと寝ること。いいね」


「……うん」


そして、渡り廊下にさしかかった時だった。

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