ある夏の物語
「ごめんね、気付かなくって。」


「何に?」


「美鶴の環境。
無神経に突っ込んだ質問して。」



あぁそのこと、と美鶴は冷えた声を出した。



「気付かなくってよかったよ。
知ったところで、どうしようもなかったでしょう。」


「カウンセラーに相談とか。」


「したところで父さんは大人しく話を聞けるような精神状態じゃなかったよ。」


「警察に言ってお母さんを守ってもらうとか。」


「警察が来たところで、父さんが暴力はふるってないって言えばそれまでだよ。
母さんも怖くて自分で言えなかっただろうし。」



打つ手はなかったんだよ、と美鶴は感情のこもっていない声で言う。



あたしは怖くなって美鶴にしがみついた。



「そんなこと、言わないでよ…。」


「でも実際、母さんは死んだ。」



そういう声はあまりにも静かだった。



まるで、こうなるのがずっと前からわかっていたようだった。



いや、きっとわかっていたんだろう。



…だから、将来はないって言ったの?



だったら、美鶴。



今からどうするつもりなの?



考えて、怖くなった。



美鶴の言動を思い返していくと、辿り着くのは…。



「もう、帰んなよ。」



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