偽りの人魚姫
教室には、俺とよっさん、それとキーボード。

掃除用具のロッカーに立てかけてあるベースを手に取れば、部活の準備は完了。

「手伝ってもらったなら、御礼くらい言えよ。」
 
「言ったよ。手伝ってもらってる最中に。」

「終わってからだよ。」

「よっさんが、入ってきたから、タイミング逃したんだよ。」

「俺のせいにすんのか。」

「そうじゃないけどさぁ。」

よっさんは、変なとこ厳しいんだ。

特に、謝罪と御礼。

よっさん曰く、ごめんと、ありがとうが言えれば、世の中は上手く回るらしい。

そんなに簡単なもんかね。

よっさんは、呆れた目でこっちを見ながら、キーボードをセットしている。

「分かったよ、メールすればいいんだろ。」

携帯を開いて、日野に、ありがとうとだけ送る。

即レス。

なにが、って。

そうだよね、普通。

そうなるよね。

「日野、なにが、だって。」

「運んでくれて、ありがとうって、ちゃんと言えよ。」

「やだよ、恥ずかしい。ガキじゃないんだから、キーボード運ぶくらいで改まって礼なんていらないでしょ。」

「そうやって、感謝の心がなくなってくから、世の中が腐ってくんだよ。」

「そんなおおげさな。」

肩をすくめて見せる。

でも多分、よっさんは間違ったことは言っていない。

でも、この歳になった今、生きてきた経験の分、口にしなくても、伝わることってあると思うんだ。

手伝ってもらったんだから、俺が日野に感謝するのは、当たり前。

それを日野も分かってるから、わざわざ、口に出す必要がない。

そういう、空気。

よっさんは、そういうのに流されないから。

正しいんだけど、少しずれてる。

ずれてるって言うよりかは、大人なんだよね、よっさんは。

だから、本当だったら、クラスで浮いちゃうはずなんだけど、そこが、よっさんの上手いとこで。

よっさんは、自分がこの世代から少しずれてるのを十分理解してるから、クラスではそれなりに振舞っている。

中学の時、そのせいで苦労してたからね。

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