偽りの人魚姫
始めは寝づらかったにしろ、クラシック曲なだけあってみんなゆったりとした選曲だったから、俺はすぐに眠りに落ちた。

一度眠りにつくと、どんなことが起ころうとなかなか目を覚まさない俺。

震災があったらあんた大変だよ、なんて母ちゃんに何度言われたか。

だから、コンサートが終わって母ちゃんに叩き起こされるまで存分に寝れるだろうと高をくくっていた。

だけど、目を覚ますと、まだコンサートは終わってなくて。

舞台では一人の少年がピアノを弾いていた。

最近、暇にまかせて寝過ぎたのかなとか思いながら、再び瞼を閉じる。

狭くなる視界に入ったのは、控室に遅れて入ってきた生意気な少年だった。

眠れない。

ピアノの音が頭に木霊して、睡眠欲がそぎ落とされる。

旋律が頭の中で勝手にイメージを描いてゆく。

瞼の裏に浮かんだ映像に負けて目を開けた。

開けた瞬間、舞台上からのするどい視線が俺の瞳を貫いた。

寝る気なんて一気に吹っ飛んでしまった。

舞台の少年が言ってる。

俺の音楽を聴け、と。

思い出した。

あいつは今のクラスメートだ。

教室の隅に席を置き、学校が終わると即刻帰ってしまう。

顔も覚えてないくらい印象が薄くて。

自己紹介もろくに覚えていない。

だから、少年に関する情報はゼロに近い。

だけど、はっきりと分かった。

この曲は、少年自身を表す曲だ。

ひしひしと伝わってくる。

一音一音が、自分はここにいるのだと主張している。

舞台が、ホールが、少年に支配されているようだった。

聞き入っていると、母ちゃんに腕をつつかれる。

母ちゃんは小声でなにやら話しかけてきた。

「この子、凄いわね。あんたと同い年なのに、この曲、自作曲なんだって。」

言いながらプログラムを開いて見せてくる。

やっぱり、自作曲なんだって納得。

母ちゃんが無理やり見せてきたプログラムを見ると、そこには記憶の端にひっかかる名前が一つ記されていた。

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