LOVE*PANIC
「……嫌です」
一歌は小さい声ではあるが、はっきりとそう告げた。
一瞬の沈黙が二人の間に流れる。
「あ、そ」
先に口を開いたのは修二だった。
修二のあまりに気の抜けたような声につられ、一歌までもが気が抜けてしまった。
それで初めて、自分が緊張していたことに気付いたのだ。
「ちょっと待ってて」
修二はそれだけ言い、一歌の前から颯爽と姿を消した。
一歌からは見えない距離で、修二は口元を綻ばせた――……。
一歌はその場に一人残され、呆気にとられた状態になった。
一応、修二の姿を見える範囲で探してはみたが、一歌はあまり背が高くないうえに、人混みの中では見付けづらい。
一歌は諦め、大きく息を吐いた。
あれだけ、言いたいことを言ったくせに、こっちが断ればあっさりと姿を消す。
我が儘や傲慢とは違う。
自分勝手なのだ。
一歌は修二の存在に苛立ちを覚えた。
散々惑わされ、引き際だけはいい。
「お待たせ」
一歌の中の、修二への怒りがピークに達したその時、突然声がした。
修二の声だ。
一歌は苛々した気持ちのまま、声の方に顔を向けた。
すると、修二の隣には知らない中年男性の姿があった。
その男は、修二より十センチ以上背が高く、洒落た服装をしていることから、業界人だということは推測出来る。
少し濃いが、わりと端整な作りの顔で、意図的に生やしているのであろう無精髭が印象的だ。
「こちら、俺が出たドラマのプロデューサーの井口さん」
井口誠。
その名前が一歌の脳裏に浮かんだ。
一歌もよく知っている名前だった。
手掛けるドラマはいつも高視聴率を叩きだし、ヒットをさせる。