穢れなき獣の涙
 いくら記憶をたぐっても見いだせないもどかしさ。

 今ではもう、どうでもいいとも思える。

 過去の記憶があろうと無かろうと前に進むしかないのなら、気にしていても仕方がない。

 元来、引きずらない性格の彼は心に留めつつも、それに囚われずに生きてきた。

「ん?」

 そんな事をうつらうつらと考えていたシレアだったが、妙な気配に眉を寄せる。

 僅(わず)かずつだが強くなる気配に警戒しつつ、脇に置いてある剣に手を伸ばす。

 剣の柄を握ると上半身を起き上げ、少しずつ形を成す黒い霧を見つめた。

 それは次第に人の形を成し、開いた目は黄金色に輝いてシレアを捉える。

[辺境の戦士よ]

 低く、くぐもった声はあまりにもぼやけていて性別の判別は出来そうにない。
< 50 / 464 >

この作品をシェア

pagetop