穢れなき獣の涙
「して、訊きたいことがあるとか」

 その問いかけに、シレアの表情が少し険しくなる。

「私について、何か知っていることはないか」

「貴殿について? それはどういうことだろうか」

 その口調から重々しさが感じられ、軽い内容ではないらしいと姿勢を正す。

「私は己が何者なのかを知らない」

 そこにいた者はシレアの告白に小さく驚くと共に、いぶかしげに見やった。

 自分を知らないとはどういうことなのだろうか。

「精神的な意味ではない。あなたは己がエルフだと知っているように、確かに私は人間なのだろう。だが、その何たるかを私は知らない」

「我がエルフで、草原の民であると知っているということか」

 キケトは小さく唸って豊かなあごひげをさすり、無言で頷いたシレアの瞳をじっと見つめた。

 しばらくそうして目を合わせていたキケトは、ふいに溜息を吐いて首を振る。
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