マバユキクラヤミ
 それは、13枚目のアイの姿を描いている最中だった。公園の外から、アイを呼ぶ女の声がした。見ると、26、7歳位の美しい女性が、公園に入ってこようとしている。
「あれ、アイちゃんのお母さんかな。」
 ボクがアイを見ると、アイは目を見開いてその女性の方を向いたまま、じっとしている。その表情は、凍りついた、と言うのが適当だろう、あまり嬉しそうには見えなかった。
「アイちゃん?あれ、お母さんだよね?アイちゃんの名前呼んでるし…、」
 ボクの問いかけに応えず、アイは子犬の紐をボクに押し付けると、例の女性の入ってきた方向と反対側に駆け出した。次の瞬間、すぐそばに歩み寄った女性の方を向いたボクの視界から、アイの姿は完全に消えた。
「ああ、アイちゃん、ここにいたの。すいません、うちのアイが…、」
 そう言って、ボクの手から子犬の紐を受け取るその女性。アイ、と言うのが子犬の名前だったことはボクを混乱させた。だが、この女性の整った顔立ちや、その雰囲気は正にアイの持つそれだった。だからこそ、ボクは何気なく話し掛けたのだ、が。
「娘さんと、同じなんですね。この子犬の名前。」
 女性の顔から瞬時にして笑顔が消えた。と、突然彼女は力無くその場に座り込んで、嗚咽し始めた。ボクはどういう訳か肌寒さを感じた。
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