夏の記憶

お社で

お社へ向かう道を歩きながら、私は左手を見つめた。


タケルの手の感触と共に、昨晩の祭りの帰り道での出来事がよみがえってくる。


私は左手を何度も握ったり開いたりした。


「タケル」


ちいさな声でそう呟いてみる。


自然と口の端が緩んでいる事に気がついて、私は慌てて辺りを見回した。


幸い昼下がりの住宅街は、蝉の鳴き声に交じって、どこからか子供の笑い声がかすかに聞こえるだけだった。



「おこんじょさま」のお社に行こうと思ったのは、あまり深い理由はなかった。



ただ、昨晩タケルが「最近あの社行くの?」と言ったのがなんとなく頭に残っていて、ふと足を運んでみたくなったのだ。


どうせ家にいても、昨晩の興奮で勉強など手につかないのだから。



大きな松の木が見える。



お社で一番大きな松の木だ。



古びた石段を上がると、蝉の鳴き声がいっそう激しくなる。



短い階段を登りきると、うっそうと木に囲まれたお社は日陰になり、日差しが幾分和らいでいた。


懐かしさがこみ上げる。



「タケル?」



先に存在に気がついたのは私の方だった。
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