イマージョン
義則はまだ戻って来ていない。遅いなぁ。大か?トイレの入り口から少し離れた場所で、じっと義則が来ないか見つめていると、誰か出て来た。背の低い時代劇ロングコートを着ている人が、此方に近づいて来るではないか。あんなに特徴の有る人は義則に違いない。そうだ、やはり義則だ。しかしトイレに行く。とトイレに入って行った時と今トイレから出て来て私に向かって来る義則の明らかな違いに私は直ぐに気が付いた。
「お、お待たせ」
照れた様に言う義則の頭に目が釘付けになってしまう。私は言葉を失った。髪を強力なワックスで固めているではないか。しかも不器用なのか彼なりに急いで施したのかそれが完成?と思う位、出来上がりが、かなり雑に仕上がっている。髪が真っ直ぐ立っていないし、おまけに髪が薄いのに、その様な事をしてしまうから、所々地肌が丸見えになっている。義則は手ぶらで来ていたのに時代劇ロングコートのポケットにワックスを忍ばせていたのだろう。彼なりに、格好をつけたつもりなのだろう。けれど私には逆効果に見える。何て事をしてくれたのだろう。髪を立てて地肌が見える位なら、いつもの、額が広い方が百歩譲って、まだマシだ。私は自分の格好に落ち込んでいたのに更に落ち込んだ。これからライブが始まると言うのに。
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