《短編》夏の雪
雪ちゃんは足を引き、柵の向こうに乗り出していた半身をこちらに向き直らせる。

あっちの世界に行く気はないらしい。


よかった、よかった。



「何かね、ここにいると、空とか飛べちゃうような気がするわけよ」

「………」

「イカロスほど馬鹿じゃないけど、その気持ちはわかるなぁ、みたいな?」


ギリシャ神話に出てくるイカロスは、高い塔に閉じ込められてしまったために、鳥の羽を集め、それを蝋で固めて大きな翼を造った。

けれど、完成した翼を背中につけて飛んだイカロスは、太陽に近づき、羽に塗った蝋が溶けたため、海に落ちて死んでしまった。


世間の常識とかに囚われている雪ちゃんは、だからイカロスの気持ちがわかるのかもしれない。


けれど、あたしはそんな、バクチ打ちみたいな人生は嫌。

自由すぎると、逆に不自由になることもあるんだよ。



「死んだら終わりじゃん」


だからあたしは、イカロスを称えようとは思わない。



「現実主義者め」


雪ちゃんは笑った。

ちょっとだけ寂しそうに。


その横顔を見つめながら、雪ちゃんは自分と同じ人を探しているんじゃないかと思った。



「あたしと雪ちゃんは違うよ。あたし、短大に受かってるからこうやって遊んでても平気なの。それがなかったら今こんなことしてないし」

「………」

「てか、そもそも、“高校生”っていう守られた枠があるから、自由にできるの。人よりちょっと広い檻にいるだけで、所詮はその中での“自由”なの」

「………」

「でも、別にそれでいいし、そこに不満はないよ。雪ちゃんみたく、飛び出そうとも思わないし」


でも、だからこそ、雪ちゃんは、みんなの憧れを絵に描いたような人。

普通は誰だって、明日を考えながら生きる。


雪ちゃんはあたしの言葉に、肩をすくめるだけだった。
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