愛を教えて。
ここまで腕を掴まれて走って連れてこられた時も、数回カチャンと音がしていたが、走っていたからそんな些細な音にはお互い気付かなかった。


“しまった”



冷や汗が額をつたう。

うつむいてる私の視界をかすめる、糸井エリナの顔が、少しだけいたずらに笑った気がした。



「じゃあさぁ…」





きた。






「私を家に上げて、紅茶を飲ませてくれるかぁ、この時計くれるかぁ、どっちがいい?」


この時計アンティーク調で、かわいいし、あたしはどっちでもいいよ。と付け足す。

のどが渇いたなんて口実なんてことは分かっていた。
時計がほしいのだって、私を困らせて優越感に浸りたいだけ。



昨日とられた時計は、べつに自分のために買った時計だったけれど、今回は違う。


大切の度合いが格段に違う。

家だって、あげたくない。
もうこれ以上、自分の領域を奪われたくない。




この二つしか、選ぶ道がないのなら、私はどちらを選べばいいんだろう。

時計。

家。


宝物。

居場所。


兄とのつながり。


一人の世界。




「ねぇ、どっち?」「あれ?綾音ちゃん」



糸井エリナの声にかぶせるようにして、私の名を呼ぶ声が聞こえた。


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