愛を教えて。
左手につけていた時計を見つめると、自然と口角が緩む。



『…うっ……ひっく………また、しっぱいしちゃった……』



―それは、幼くて、愛を切望していた頃の私。


父と母は完璧な人間だった。
二人とも仕事一番の人間で、世の中ではそれなりの地位に位置している、いわゆるお金持ち。

二人は、計画的に跡継ぎとなる兄を産んだ。

兄は二人の愛情をめいいっぱい注がれた。

幼い頃から英才教育を受け、それ相応の結果を出した。

私の生まれる前の話だが、家のお手伝いさんが、兄の幼い頃を自分の息子を語るように話していたので覚えている。


父と母は計画的に事を運ぶ。

数年間綿密な計画を立てていた事業。
成功すれは、数百億いや、兆を超えるほどのお金が手に入る事業。

その事業がもうすぐ成功するというところで、私が母のお腹の中に生を受けた。

母はひどいつわりに悩まされ、仕事が手につかなかったらしい。

おろすことも考えたそうだが、生きていた先代夫婦、つまり母方の祖父母に強く止められたらしく、母は事業から退き、事業は幾年か先に見送りとなった。


私が生まれると、母は育児放棄した。

私の面倒を見てくれたのは、お手伝いさん。

母は私を産んで直ぐに、仕事に戻った。


聞いた話じゃ、夜泣きする私に「お願いだから、その子黙らせて、大事な仕事してるの、うるさくて集中できない」とお手伝いさんをどなったらしい。


そう、私は幼い頃から、生まれた瞬間から邪魔な存在でしかなかった。



『……うっ…ひっく……また、しっぱいしちゃった』


だから、この時も、些細なことで、反省の間と呼ばれる空き部屋で小一時間正座させられていた。




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