Fahrenheit -華氏- Ⅱ


ストロベリーと思って、思い出した。


あたしはバッグからこの前緑川さんが欲しがっていたDiorのグロスと、少しばかりの気持ちでストロベリーの香りのボディークリームをセットにしたオーガンジーの袋でラッピングしたものを差し出した。


あながち二村さんに言った言い訳は嘘ではない。


緑川さんは「え?え?」と目をぱちぱち。


「こないだ『差し上げます』と言ったものです。遅くなってすみません」


たぶんあたし、ちゃんと笑えてない気がした。笑うことをどこかに置き忘れてしまったのだ。最近、啓の前でそれをだいぶ取り戻した気がしたが、全ての人に、と言うわけにはいかないようで、こういう時にどう笑えばいいのか分からない。


けれど緑川さんはそれを嬉しそうに受け取り


「わー!わ~!」とまるで宝物を見つけた子どものように顔を輝かせ、袋を眺めている。「わ!しかも何か高級そうなクリームも入ってる!」とはしゃいだ。


そこでようやくあたしは、小さいながらふっと笑顔を浮かべることができた。


「そんなに喜んでいただけるとは思いませんでした」


「嬉しいですよ!だってDiorの新作ですよ!欲しかったんです!しかも高級な“おまけ”も!ありがとうございます!」


「“おまけ”は緑川さんに似合うと思って買ったんです」


本当のことだ。昨日、心音に振り回されあちこち行った先でたまたま見つけたクリーム。


自然派の化粧品売り場で、売り子の女の子が新作だと言うことで現物を持って宣伝していた。それが思いのほか良い香りだったのだ。


緑川さんが好きそう、と最初に思ったこと。


『あんたがこんな甘い香りを?好みじゃないじゃん』と心音が訝しんでいたが


『これは会社の子に、よ』と言うと


『ふーん、うまくやってんだ』と心音は意味深そうにニヤリと笑ってたっけ。

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