Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「マックスの好きそうなファッションよね」
突如して出された名前にコートが急に憎々しいものに変わった気がする。服には罪がないし、心音の気遣いは嬉しかったけれど。
不機嫌を顏に出すことなく
「マックスも好きだったファッションだったけれど、“半分は”ジェシカね」
あたしがそっけななく言うと
「ああ、あの“魔女ね”」と心音は顔を歪ませた。その名を聞くのもイヤと言う感じだ。
あたしのちょっとした反撃。
「“魔女”?どっちかと言うと“女王様”じゃない?」
あたしが皮肉り腕を組むと
「魔女よ、瑠華はジェシカのこと好きだったの?」と、あたしの攻撃は全く心音に通じなかった。
知ってるくせに。
あたしはまたも心の中で悪態をついた。
「まさか、
大嫌いよ」
あたしの答えに心音は満足そうに笑顔を浮かべ、
「コートもバッグも靴もありがと。嬉しかった。けど…」
「けど?」心音が先を促す。
「靴は」
「ルブタンが良かった?それともジミー・チュウ?」
「昔はどっちも好きだったけど、
今はダイアナ」
ちょっと唇を尖らせると「あはは!」と心音は声をあげて笑い、「じゃぁ次回からそうするわ」と一言。
――
――――
疲れていたけれど、あたしはシャワーで済ますことにした。
サー…
シャワーヘッドから落ちるお湯が、巻いた髪のワックスを流してくれる。
それと同時にあたしの記憶にあるジェシカの言葉も流してくれないかしら。
『The clothes are battle dress of the woman. Dress up nicely and you just need it.(服は女の戦闘服よ。綺麗に着飾って、あなたはそれだけでいいの)』
Be a couple that can hang with Max next to each other. That's an order.(マックスの隣にいても吊り合いの取れる夫婦でいなさい)You're already a member of the Valentine family.(あなたはヴァレンタインの一族なのよ)と言われた気がした。
「あたしはジェシカの着せ替え人形じゃない」
シャワーの音に混じって思わず呟いた言葉は弱々しく、シャワーの音にかき消された。
マックスの次に憎い女。
離婚裁判中、何度あの、年齢を感じさせない張りと艶を輝かせた豊かな胸にナイフを突きたてたいと思ったか…
言うまでもなくマックス側の弁護士を用意したのはジェシカだ。
いいえ、今思い出したところで何ともならない。
結果、あたしはユーリとFahrenheitを失ったのだから。
「あの母に、あの息子ありって、ことか」
驚く程にあたしの声はサッパリとしていた。シャワーは嫌な記憶を流していってくれたようだ。