Fahrenheit -華氏- Ⅱ
そう言えば―――
さっき見たあの赤ん坊の手……あれはユーリがまだ幼児期のそれと似ていた。
ユーリ……
ユーリなの?
まだママのこと覚えてくれてるの?
そう考えると、不思議と『怖い』と言う感情が凪いでいった。
むしろまたあの小さな手を見たいと衝動に駆られ、ふらふらとリビングに向かったが、心音はすでにゲストルームに行ったのか…
てか、片付けしておいてって言ったのに散らかったままだし…
と、しかめっ面をしながらそのまま放置された心音のPCを開いたけれど
小さな手は現れなかった。
無機質な黒い画面に鮮やかなネオンがいったりきたりしているスクリーンセイバーを眺めながらそっとキーボードに手を這わせるも、あの小さな手は見えなかった。
ユーリ……
会いたい…
幻覚だっていい。あたしは心の底からあの子に会いたかった。
――
――――
その晩、夢を見た。
夢、と言うか過去の記憶。
身体が引き裂かれるような痛みに、喉が張り裂けそうな程の悲鳴を挙げ、その悲鳴が分娩室に響き渡っていた。その痛みと叫び声は酷くリアルでたった今経験をした感じに思えたが、その痛みで夢から目覚めることはなかった。
看護師さんの声。
『Keep it up! You're going to meet your baby soon.(頑張って!もう少しで会えるのよ!)』
Soon(もう少し…)ってあとどれぐらいなのだろう。看護師さんの言葉が耳をすり抜け
出産がこんなにも大変なこととは知らず、悲鳴と、時折奥歯を噛み締めた。
何分、或は何時間?経った頃、痛みが和らいだ感覚はなかったけれど、耳の端で小さな産声を聞いた。
『Good job! You're her mom.(頑張ったわね、あなたはママよ)』看護師さんが生まれたばかり、泣き叫ぶユーリを見せてくれて、あたしはユーリと一緒に
泣いた。
『生まれてきてくれてありがとう』
最初に呟いた言葉だ。