Fahrenheit -華氏- Ⅱ
女の子との立ち話も早々に終えて、自分のブースに戻ると相変わらず淡々と仕事をこなす瑠華と、相変わらずあくせくしている佐々木が目に入った。
「お疲れ様です。どうでした?セントラル紡績さん」
と、佐々木が心配そうにちょっとだけ表情を曇らせる。
瑠華は―――俺たちの会話が聞こえてる筈だろうし、その前にホワイトボードで佐々木が書きこんでくれた『神流:1F受付→セントラル紡績様と打ち合わせ』の文字を見ている筈だが
敢えて何も突っ込んではこなかった。気になるだろうに、
―――真咲の存在が。
と言うか、ちょっとでも気にして欲しいと言う卑怯な自分も半分。
「ノープロブレムだ。今の所順調だから心配するな」俺が佐々木に手で制すると
「部長」
瑠華が目を上げた。
その声は刺すように尖っていて、氷よりも冷たい。ドキリとして喉をごくりと鳴らすと、
「この場合、“No problem.”ではなく“That's just fine.”が妥当な言葉だと思いますが」
と、英語の間違いを(しかも発音まで)指摘された。
くくっと前の席で佐々木が声を押し殺して笑っている。
「はい、そこ!笑うなら全力で笑え!!」と俺が目を吊り上げると
「Ha ha ha.(あはは)」と瑠華が感情のない棒読みで言って、佐々木は何が可笑しいのかここになってようやく声を挙げて笑った。
唐突に、さっきの総務部の女の子の言葉が蘇る。
『柏木補佐に愛されるお友達やご家族、柏木補佐の大切な人たちは―――みんな
幸せ』
あの問いかけに、今ならハッキリと
『そうだね』
と、答えられる。
でも、あの言葉には続きがあった。
『繊細で儚げな部分がある分、それを失ったとき
ガラス細工が壊れるように、簡単に、壊れちゃいそう』
壊さない。
誰だろうと、彼女の世界を壊させない。俺が―――
俺が守ってみせる。
彼女の居場所を。