Fahrenheit -華氏- Ⅱ
定時を迎えて30分頃、佐々木はとりあえずは与えられた仕事が終わり、帰り支度を始める。
その15分後には俺の手元に日報がメールで届き、
「お先に失礼します」と言って帰って行った。
「おぅ、ごくろーさん。明日も宜しくな~」
その一時間後には珍しく瑠華から日報のメールが入り、薄手のトレンチコートを手に席を立ちあがる。
「すみません、私も今日は早めにあがらせていただきます。
心音が家に居るので」
「そうだよな~、んで?今日はどこへ行くの?」とこそっと内緒話。佐々木がいなくなった今ならこれぐらいの程度ならOKだろう。
「ラーメンを食べに行く予定でしたが、心音の気持ちが変わったようで。小料理屋さん?みたいなところに行きたいみたいです。何でもお昼の再放送の刑事ドラマを見て『行きたい!』と思ったようです」
「ふむふむ」
まぁ古くから続く大抵の刑事ドラマってのは行きつけの小料理屋があって、そこで愚痴を言い合ったり推理し合ったりしてるしな。心音ちゃんは影響されやすいんだな、と思わず笑った。
「じゃぁこないだ行った五反田の店に行ってきなよ。あそこは大将はあれだけど女には優しいしさ、何より料理が旨い」
「いいんですか」と瑠華が目をまばたき
「断る理由はないよ」と俺は軽く笑った。「楽しんできなよ」と手を振ったが
「啓はまだこの後仕事を?」一人だけ先に帰るのが申し訳ないと思っているのかな…優しいね、キュン♪してる場合じゃない。
「いや。……俺の方は、今日菅井さんと飲みに行く約束してるから。電話気づかなったらごめんね」
「菅井さんと?」
意外な名前だったに違いない。瑠華はちょっとびっくりしたように目を開いた。
「何か成り行きでね……真咲は会社を休む程の体調不良だから絶対来ないし、今の内に色々探りを入れたい」
「体調不良…ですか……心配ですね」瑠華は心の底からそう思ってくれてるのだろう、真咲を気遣う口調は穏やかだった。そこに何の他意も感じられない。
「それも含めて色々聞いてくるワ、こっちも終わったら報告する」
俺は自身の携帯を顏の辺りでフラフラ振ってみせて、
「待ってます」瑠華はいつもの優しい笑顔を浮かべて、フロアを出て行った。