Fahrenheit -華氏- Ⅱ

菅井さんが指定した西麻布のバーには、東京メトロ日比谷線を利用して約30分後に到着することができた。


店自体はこぢんまりした感じで隠れ家チックだが、どこかどっしりと根を下ろしている感じで、アンティークな感じが妙に板についている。


どっちかと言うと俺はバーを利用するのが(いや、少し前まで圧倒的に)女と、と言うのが多いから、いかにも女子ウケしそうな煌びやかなところとか、高級感がある店の方を良く利用するが、こうゆう所も悪くない。何か……タイトルを付けるのなら『大人な隠れ家』的な?


扉を開けるとすぐに木製のカウンター席が奥に広がっていて、カウンターの中でカマーベストと蝶タイと言う格好のバーテンが一人、「いらっしゃいませ」と、控えめだがはっきりと透る声で笑顔を向けてきた。その背後にはぎっしりと年代物のウィスキーやらワインのボトルが並んでいる。


菅井さんは割と奥の方で一人先にはじめていた。菅井さんの他に客は数人。ほとんどが一人で飲みに来た、と言う会社帰りのサラリーマンたちだ。


「すみません、お待たせして」慌てて駆け寄り、頭を下げると


「いえいえ、こちらこそ先にはじめててすみません」と、菅井さんは苦笑いを浮かべて黒ビールの入ったグラスを傾ける。


俺はスツールに腰を掛けると、すぐに生ビールを注文した。


「用件はもうお済みで?」俺が聞くと




「ええ、真咲の見舞いに」





注文した生ビールのグラスがコースターと共にテーブルに置かれると、ほぼ同時の発言だった。


一瞬グラスに気を取られたが、菅井さんの言葉で俺は目をまばたいた。

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