Fahrenheit -華氏- Ⅱ
出産……?不妊治療―――?
俺と菅井さんの間で話が食い違っているのはまず間違いない。
とりあえず分かったことは、真咲はノイローゼやうつ病の類ではなかった、と言うことだ。
あいつ……
妊娠してる――――……?
「……真咲……さんからは、何も……」動揺を隠すためようやくビールのグラスに手を伸ばしたが
「私はてっきり神流さんに相談してるものだと……」
と言う菅井さんの発言に、またもグラスを取り損ねた。きたばかりのビールの黄金比7:3(液体が7、泡が3。この対比がもっとも美味しいとされますね♪)の割り合いが、泡が気化してほとんど消えかけている。
不味いのは承知で、とりあえずと言った感じで、ほぼ強引に俺は菅井さんのグラスに自分のグラスを合わせた。
チン、と言う小気味良い音が響いた。ここの店主はきっとここまで計算してグラス発注をしたに違いない。
「何に乾杯を?」
菅井さんが目を上げて聞いてきて
「とりあえず、真咲……さんに新しい命を授かった、と言うことで
どうですか?」
無理やり微苦笑を浮かべると、ちょっと緊張した面持ちだった菅井さんがようやく肩の力を抜いたように口元に笑みを浮かべ
「そうですね。新しい命に」
再び俺のグラスにグラスを重ね、やはり計算された音は店内に流れている品の良いJAZZのBGMを邪魔することなくきれいに響いた。