Fahrenheit -華氏- Ⅱ
浮気を黙認しろ―――と………?
ジェシカのアドバイスにあたしは頷くことはできなかった。ただ、ただ……絶望と怒りを鎮めるのに必死で、彼女の作ってくれたと言うアップルパイに手を出す気はなかった。
今考えればジェシカはこうなることを分かっていたに違いない。最初からあたしをヴァレンタインの嫁として快く迎えてくれたわけじゃなかった。ただ、息子に近づいた女が苦しめばいい、と。そう思っていたに違いない。
忘れもしない―――それぐらい底意地の悪い笑顔だったのだ。
「What's the matter?The freshly baked pie will cool down.(どうしたの?焼きたてなのに冷めてしまうわ?)」
彼女は尚も微笑みながらアップルパイの乗ったお皿を手で差し示し、食べるよう促す。
あたしは頷くこともせず、ただジェシカの顔を見据えながら……いえ、いっそ睨みたい気持ちだったけれどこの女の前で感情を露わにしたら負ける、と思い、ただ無表情でアップルパイを口に運んだ。
美味しい筈のアップルパイは味が無く
冷めきっていた。
まるであたしの気持ちのようだ。
――――
――
「で?あんたはすごすごと引き下がったわけ?」と、ファーレンハイトに帰ってきた心音に雑誌を見せ、いきさつを聞かせると、心音は目を細めながら雑誌を見て小さく吐息。
「そうするしかない」
機械的に答えた言葉に、自分が一番納得できていないことは分かり切っていた。
心音もあたしの内心を分かってくれていたに違いない。彼女は雑誌の……マックスと見知らぬ女が載っているであろうページを乱暴に破り、更にそれをバラバラに切り裂いた。
「Such a jerk.(クソ野郎)」
たった一言呟いた言葉で、あたしは
救われた。
「大丈夫、
夏は終わったわ」
あたしは確かにこのとき、そう言った。
夏は男女とも解放的になる。ビーチやプールで露出の激しい水着を着てハメを外す若者が増える。そして当然、その姿に触発され許されない関係へと発展することもあるのだ。
そう、夏は終わった。
そう言い聞かせるしかなかった。