Fahrenheit -華氏- Ⅱ
それでも、親父(会長)の機嫌を一々気にしてられっか。仕事に情熱捧げるサラリーマン(と瑠華)を舐めんなよ。
一応ノックをして会長室に足を踏み入れると、会長机に親父が鬼の形相かのごとく怒りを露わにした顔をしていて(見慣れてるから今更ビビる必要もないが)その前に綾子と瑞野さんが突っ立っていた。
「中央銀行との連絡が来たら早急に私に連絡を入れろと言った筈だ!」
会長がバンっと机を叩き
「申し訳ございません、瑞野は違う用件に向かっていて、ご報告が遅れてしまい」と綾子が腰を折っている。
「最初から綾子くんに頼むべきだったよ。違う用件があっても最優先させるべき事項を忘れるとは」
と親父はひたすら肩を縮めている瑞野さんを睨んでいる。どうやら怒りの矛先は瑞野さんのようだ。
「この約束がどれだけ重要なことだと君は理解しなかったのか!」
「も、申し訳ございません!」
瑞野さんは慌てて腰を折り謝る。
「もういい、後のフォローは綾子くんに任せる。君は今日帰りなさい」
「……え?」
瑞野さんが顏を上げる。女二人は二人とも後ろ姿だったから表情は読めないが、瑞野さんの戸惑った声が動揺を伝えてきた。
「聞こえなかったのか。今日はもういい、一日頭を冷やせ」とピシャリと言い、
てかそれってどーなの、と半ば呆れかえっていたが、これは割と当たり前のことだし、他部署のことだから俺も下手に庇うことはできず…
「申し訳ございませんでした…」
瑞野さんは弱々しく呟き、自分のデスクに行くとコートとバッグを手にした。
「この度は大変失礼をいたしました。本日反省させていただくべく退社させていただきます」
瑞野さんの声は驚く程しっかりしたものだった。普通の女だったら……シロアリなら間違いなくその場で大泣きしていただろうが、瑞野さんはふわふわしてるようでしっかりしている。それに少し驚いた。
コートとバッグを持った瑞野さんがこちらに向かってきて俺を見ると、一瞬目を開いて、しかし一度立ち止まってきっちり頭を下げると俺の横をすり抜けていった。