Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「あんた!彼女に何したんだ!」
二村は開口一番そう怒鳴って俺の胸倉を掴んできた。いつものにこにこ人懐っこい笑顔は欠片もない。見たこともない形相で全身で怒りを露わにし、襟元を掴んできた力は結構なものだった。
これには俺が驚いた。いつも飄々としていて余裕がある感じが欠片もない。
「何もしてねぇよ」
俺は二村の手を払うつもりでいたが、思いのほか力が強い。
「二村くん…!違うのっ!部長は…!」と瑞野さんが慌てて仲裁に入ろうとしたところだった。
ポーン…
隣のエレベーターが止まり中から誰か出てきた気配を感じた。
こんなところ誰かに見られたらどんな言い訳を取り繕っても最悪な噂が出回ることを瞬時に想像できて思わず頭を押さえたくなったが、運良く(?)出てきたのは
瑠華で。
まだ止まったままの俺たちのエレベーターの前を素通りしようとしていた瑠華は俺たちの姿に気づき、目を開いて立ち止まると
「何をなさってるのですか!」とこちらに向かってきた。「二村さん!その手を離してください」
瑠華は俺の胸倉を掴んでいる二村の手を引きはがそうとした。
「る…柏木さん、いいから!」と俺が怒鳴ったが、二村はその手を離そうとしない。
「離しなさい!Right now!(今すぐ)」瑠華が二村の手首を掴んだ。
「煩い!」
二村は瑠華の手を乱暴に払い、そのふしに手首に二村の手が激しくぶつかったのだろう
瑠華は手首を押さえ、少しだけ呆然としように目を開いていた。
これには俺がキレた。
「二村!てめぇ!柏木さんに何する……!」言いかけた言葉を
「やめて!!」
瑞野さんの悲鳴が箱の中に響いた。
俺を含む三人が瑞野さんを注目して
「……やめて……お願いだから…」瑞野さんはこっちが驚く程ぶるぶる震えていて顔色を真っ青にしている。その視線は瑠華の手首に注がれていた。
そこでようやく我に返ったのか二村が
「柏木さん!ごめっ!大丈夫!?」と瑠華に勢い込んだが
「私は大丈夫です」と静かにキッパリと言い切り、二村の謝罪と心配を無視して箱の奥に居る瑞野さんの元に行くと、肩で荒く呼吸をしている彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫ですか?顔色が真っ青」
そう指摘すると、瑞野さんはどこを見ているのか定まらない視線をあちこちに配り、荒く息をしたままその場にずるりと座り込んだ。