Fahrenheit -華氏- Ⅱ
“喫茶ラウル”は社食の奥にひっそりとある。昔ながらのThe喫茶店と言った感じで、ちょっと薄暗く店自体も広くない。
開店時間は11:30~14:30と言う短い間だが、昼の12時台は社食の後に利用する社員たちが意外に多く盛況している。
今は大抵の社員の休憩が始まる12時前、と言うことで六席程ある喫茶室の奥まった席に瑠華一人しかいなかった。
テーブルには細長いグラスが置かれていてソーダのような何かがシュワシュワと音を立てている。
「すみません、このような場所にお呼び立てして」瑠華は開口一番に謝ってきた。
「いや、謝るのは俺の方。バカみたいに二村と喧嘩しちまって、しかも瑞野さんを瑠…柏木さんに押し付ける形になっちまったし……緑川と言い、面倒事を押し付けてごめんね」
と素直に謝ると
「いいえ、好都合です」
瑠華は思いのほか低い声で答えた。
好……都合―――…?
意味が分からず目をまばたいていると
「いえ、こちらの話です。部長もいかがですか?レモンスカッシュ。美味しいんですよ」と瑠華は自分のグラスを少し押しだし
「あ、じゃぁ俺もそれを」とカウンターに居た店員を呼び寄せ注文した。
結局『好都合』の深意を聞けず、
「瑞野さん、その後どうだった?大丈夫だった?」と聞くと
「軽い過呼吸を起こしていたようです。私は専門家ではないのですがハッキリとは言い切れませんが、一種のパニック障害かと……」
パニック障害……
「私もあまり詳しくは分かりませんが、突然、動悸やめまい、窒息感、吐き気、手足の震えといった発作を起こすものだと聞いたことがあります。彼女の中にある何か強い不安要素がその障害を引き起こしている可能性があります」
「な、何で分かったの…」
運ばれてきたレモンスカッシュに口に付けることすら忘れて俺は真剣に聞くと
「彼女が服用していた薬です。ちらりと見た程度ですし私も流石に薬には詳しくありませんが、精神安定剤の一種かと」
「そう―――なの…?でも親父……会長に叱られてたときも気丈に振舞ってたのに、何であのタイミングで…?」
「私も分かりません」と当然の意見が返ってきて、瑠華はレモンスカッシュのグラスに手を伸ばした。その節に見えた。ジャケットの裾から覗いた手首に白い包帯が巻いてあったのを。