Fahrenheit -華氏- Ⅱ

「これっ!」もしかして二村に手を払われたときに!?


思わず瑠華の手首を手に取ると、瑠華はさほど気にした様子もなく


「ああ、大したことありません。痛くもありませんし痕にもなってませんが、瑞野さんが過剰に心配されて、彼女を安心させるためとりあえず手当てをしていただいた程度です。大げさに巻いてあるだけですが、実際はほとんど無傷です」


との言葉に、ほっとして全身から力が抜けた。


安堵したところでようやくレモンスカッシュに手を伸ばすと、瑠華が「美味しい」と言った理由がわかったり。


昔懐かしの味だ。レモンの味が濃厚で、それでいてしゅわしゅわと爽やかにソーダが喉を掛け下る。


それで俺も少し落ち着きを取り戻すことができた。


「それで……瑞野さんは…?」


「少しの間は少し興奮されていましたが、落ち着いたようでご自身の足で帰っていかれました。私はまだ社用車の鍵を返していなかったので家に送っていこうとしたのですが、それも断られて…」


瑠華は社用車のライトバンの鍵を手でふらふらとさせ


「瑞野さんの家ってどこだっけ…」


「横浜の方だとお伺いしました。ここからでしたらJRを使って1時間程ですね」


JRで一時間……


大丈夫だろうか…


と、ちょっと心配したが


「断られた以上、無理強いするわけにもいかず」と瑠華は眉を寄せた。


「い、いや……瑠………柏木さんは悪くないよ!」と俺は慌てて手を振った。


そっか…瑞野さんは確か港支社からの転勤だったな。てことはこっちに引っ越ししてないってことか。そう言えば実家暮らしだと言うことも前にちらりと聞いたことがある。


「そう言うわけでして、少し事情をお話しておこうと思ったしだいです」と瑠華は小さく頭を下げた。どうやら瑠華は俺と二村が喧嘩…と言うか一方的に掴み掛られていた俺の状況を瑞野さんから聞いたようだ。


「いやいや、教えてくれてありがと。明日無事出社してくれるといいんだけど…」レモンスカッシュを喉に通しながら遠い目をしていると


「綾子さんにフォローをお願いいたしました」


さっすが瑠華!仕事が早い上にデキる!!


「だけど、あれだな。これで二村の本命が瑞野さんてとこははっきりしたな。俺が泣かせたって勘違いして、ガチでぶちキレやがって」


忌々しそうに壁を睨むと


「まぁあの態度から確信いたしましたが」瑠華もレモンスカッシュのストローを口に含み、どこか解せない何かを思い浮かべているのだろう。


俺だって解せない。


“あの”計算高く、取り乱すことがないと思っていた唯一のアキレス




やはりそれは瑞野さんだった。




だけど、そうなると緑川との関係を暴露してきたあいつは何を考えてやがる。


いくら考えたところで…と言うかもう何度も考えてるが一度として答えなんて出てこない。


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