Fahrenheit -華氏- Ⅱ
部署が違えば教育の仕方も様々ってことか。幸いにもうちは戦場と化するぐらい怒鳴ったことは(一度だけしか)ないがな。
「仕事を円滑に行う為には多少厳しいことも必要です。会長の仰ったことはごもっともなことで、ここで社員に優しくしろと言う方が無理です。会長はただ単に厳しいだけではなく、最低限の注意をしたまでのことだと思います」
瑠華はキーボードを打ちながら器用に俺らの会話に入ってきた。
「それに会長は会長席にただ胡坐をかいているだけの怠慢なお方ではありません。今も現役で会社を動かしているお身です。その方がミスをした社員に気を使え、と?」
ここにきて、キーボードを打っていた手を休めて瑠華が顔を上げる。
見慣れた筈の冷たい表情が一層冷たく感じたが、さっき瑞野さんを気遣って医務室まで彼女に付き添ってくれた瑠華を知っているから、その表情の温度がほんの少し温かい。
……気がする
「そもそもコンプライアンスとは法令順守と言って、法律として明文化されてはいませんけれど、社会的ルールとして認識されているルールに従って企業活動を行うことを指します。
瑞野さんが会長からパワハラを受けた、と言って起訴をしたらコンプライアンス違反になると思いますが、現段階、彼女にそのつもりはなさそうです。
つまりそれはコンプライアンス違反ではありません」
……訂正、気がした。
相変わらず炸裂だぜ。
まぁ、ごもっともな意見な気はするが。
これには流石の綾子もたじたじのようで、
「ところで、柏木さん素敵なスーツね。アルマーニの新作?欲しかったけど高くて手が出なかったのよね~」
と話を変えながら綾子は佐々木のデスクに勝手に腰を下ろし頬杖をついて瑠華ににこにこ微笑みかける。
「ありがとうございます」瑠華は少しだけ頭を下げた。「綾子さんも充分ステキですよ」と付け加えて。
「あら、ありがと♪」
アルマーニの…
スーツ??
てことは、今日(知らなかったけど)俺たち実はおそろ!?
ぅわ!ちょっと嬉しいかも♪
だけど
「高いってどれぐらいすんだ?」俺は綾子にこそっと聞いた。
「あたしが手が出せない値段よ。つまり五十以上はする」と綾子もぼそっと返してきた。
¥500、000以上!
黒のシンプルなイブサンローランのバッグだって高そうだし、俺たちの会話が聞こえていない瑠華は淡々と仕事をしているが、俺…今日迂闊に瑠華に触れられない。汚してしまったら…と考えるだけでぞっとする。